2011年02月23日
3月のゼミのご案内
ファミリートライアングルの会2011
<<3月のゼミのご案内>>
『自然死への道③』
明け渡すということ
医原死・医原生
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2011年 3月6日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)等多数。2011年1月に雑誌「選択」に連載されたコラムが朝日新書から『自然死への道』として発刊された。
◆F・Tの会◆ 事務局から
イヴァン・イリッチが定義した「医原病」の概念を受けて、米沢氏は「医原死」という言葉を生みだした。ショッキングな表現である。医療行為の原因による身体への害というものは、医療事故や院内感染、薬害などいくつも思い浮かぶ。医療技術が高度に複雑になればなるほど、「医原」のリスクは大きくなるのは、当たり前のことなのかもしれない。原点である「毛づくろい」から遠く離れた現代医療は、人生の中に「終末期」を生みだし、その決着まで「医原」のもとに取り込まざるを得ないところまできている。決して、表現だけがショッキングなわけではない。次回のゼミは、それに対応した「医原生」の視点も紹介される。
次回テーマは「明け渡すということ」。「明け渡す」は米沢氏の新刊書『自然死への道』の第3章のタイトルでもあり、見出しには次の言葉が添えられている。「自分を明け渡すことは、いいと思った治療を積極的に選び、もしそれがどうしても無効だとわかったとき、大いなるものに身をゆだねる道を選ぶこと。(エリザベス・キューブラー・ロス)。」ふと「蟷螂の尋常に死ぬ枯野かな」と三木成夫も好きな宝井基角の俳句が浮かんだ。おおいなる尋常に包まれているという、この安心に気付いた時、明け渡すことができるのかもしれない。ゼミでは事例をもとに「明け渡す」ということを確認していく。「自然死への道」を軸にして、縦横に広がり続ける米沢氏の思考の展開を期待したい。(佐野)
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
<<3月のゼミのご案内>>
『自然死への道③』
明け渡すということ
医原死・医原生
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2011年 3月6日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)等多数。2011年1月に雑誌「選択」に連載されたコラムが朝日新書から『自然死への道』として発刊された。
◆F・Tの会◆ 事務局から
イヴァン・イリッチが定義した「医原病」の概念を受けて、米沢氏は「医原死」という言葉を生みだした。ショッキングな表現である。医療行為の原因による身体への害というものは、医療事故や院内感染、薬害などいくつも思い浮かぶ。医療技術が高度に複雑になればなるほど、「医原」のリスクは大きくなるのは、当たり前のことなのかもしれない。原点である「毛づくろい」から遠く離れた現代医療は、人生の中に「終末期」を生みだし、その決着まで「医原」のもとに取り込まざるを得ないところまできている。決して、表現だけがショッキングなわけではない。次回のゼミは、それに対応した「医原生」の視点も紹介される。
次回テーマは「明け渡すということ」。「明け渡す」は米沢氏の新刊書『自然死への道』の第3章のタイトルでもあり、見出しには次の言葉が添えられている。「自分を明け渡すことは、いいと思った治療を積極的に選び、もしそれがどうしても無効だとわかったとき、大いなるものに身をゆだねる道を選ぶこと。(エリザベス・キューブラー・ロス)。」ふと「蟷螂の尋常に死ぬ枯野かな」と三木成夫も好きな宝井基角の俳句が浮かんだ。おおいなる尋常に包まれているという、この安心に気付いた時、明け渡すことができるのかもしれない。ゼミでは事例をもとに「明け渡す」ということを確認していく。「自然死への道」を軸にして、縦横に広がり続ける米沢氏の思考の展開を期待したい。(佐野)
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
2011年01月26日
2月のゼミのご案内
ファミリートライアングルの会2011
<<2月のゼミのご案内>>
『自然死への道②』
臓器移植意思表示カード
自然死・尊厳死・安楽死
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2011年 2月6日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)等多数。2011年1月に雑誌「選択」に連載されたコラムが朝日新書から『自然死への道』として発刊された。
◆F・Tの会◆ 事務局から
赤ちゃんでも、お年寄りでもいいが、誰かのしもの世話をしたことのある人なら、口にしたことがあるのではないか。「いっぱい出たね、きれいにしようね」。これでも、十分にケアであるように思う。しかし、前回のゼミで、米沢氏が突きつけたものは、そこから抜け落ちていた「内臓感覚」のケアの視点だった。「内臓感覚」とは、しもの話しで言えば「膀胱感覚」。内臓の感覚、膀胱の感受性、これらに配慮したケアが必要になってきたという。つまり、膀胱に尿が溜まり、内臓筋が収縮する。そして、その緊張が放尿により、一気に解き放たれ、快感がはしる。生まれてから今まで、一日何度も味わってきたその感覚は、健康な人間にとっては当たり前の権利すぎて、その感覚を奪われる喪失感はなかなか想像できない。それは、超個人的な問題でもあるし、動物器官が発達した人間にとっては恥ずかしいと思うことなのかもしれない。しかし、だからこそ「内臓感覚」を軽んじるということは、「あること」を支える基本的な生物的安心感や、人権以前の存在権が疎かにされた状態だ。いのちの深さを尊重するケアには、「内臓感覚」への配慮が必ず必要になってくる。そこへ踏み込めて、やっと動物器官と植物器官が対極にある人間へのケアが完成する。なるほど、と強く頷いてしまう興味深い指摘だった来月はまず、今、街のあちこちで見かけるようになった「臓器提供意思カード」を手がかりに、「いのちのステージがかわった」実際を注意深く考察していきたい。
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
<<2月のゼミのご案内>>
『自然死への道②』
臓器移植意思表示カード
自然死・尊厳死・安楽死
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2011年 2月6日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)等多数。2011年1月に雑誌「選択」に連載されたコラムが朝日新書から『自然死への道』として発刊された。
◆F・Tの会◆ 事務局から
赤ちゃんでも、お年寄りでもいいが、誰かのしもの世話をしたことのある人なら、口にしたことがあるのではないか。「いっぱい出たね、きれいにしようね」。これでも、十分にケアであるように思う。しかし、前回のゼミで、米沢氏が突きつけたものは、そこから抜け落ちていた「内臓感覚」のケアの視点だった。「内臓感覚」とは、しもの話しで言えば「膀胱感覚」。内臓の感覚、膀胱の感受性、これらに配慮したケアが必要になってきたという。つまり、膀胱に尿が溜まり、内臓筋が収縮する。そして、その緊張が放尿により、一気に解き放たれ、快感がはしる。生まれてから今まで、一日何度も味わってきたその感覚は、健康な人間にとっては当たり前の権利すぎて、その感覚を奪われる喪失感はなかなか想像できない。それは、超個人的な問題でもあるし、動物器官が発達した人間にとっては恥ずかしいと思うことなのかもしれない。しかし、だからこそ「内臓感覚」を軽んじるということは、「あること」を支える基本的な生物的安心感や、人権以前の存在権が疎かにされた状態だ。いのちの深さを尊重するケアには、「内臓感覚」への配慮が必ず必要になってくる。そこへ踏み込めて、やっと動物器官と植物器官が対極にある人間へのケアが完成する。なるほど、と強く頷いてしまう興味深い指摘だった来月はまず、今、街のあちこちで見かけるようになった「臓器提供意思カード」を手がかりに、「いのちのステージがかわった」実際を注意深く考察していきたい。
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
2011年01月20日
米沢慧 新刊『自然死への道』のごあんない
米沢慧 新刊のご案内
『自然死への道』 (朝日新書 2011.1.13)
医療が介入しないことが自然なのだろうか?老衰だけが自然なのだろうか?いいえ、そんなことではない。米沢慧氏の新刊書を読んで、改めて「自然死」ということについて考えた。著書は、「老いる」「病いる」「明け渡す」という3章に分けられている。この最後に「明け渡す」があるのがポイント。そして、「死ぬのは怖くないよ。だってわしが死んでも家やみんなは生きていくんだし暮らしは続くし、なによりも見送ってくれる人がいるんだから」と、あとがきで紹介された、死を間近にしたお年寄りの言葉にも、「自然死」のヒントがある。自然死とは、時空を超えて繋がる生命のいとなみとしてのものであり、それは、受け継ぎ、見送る「生」とリンクしている。つまり、40億年のあいだ連綿と続くいのちの繋がりのなかの、往って還るリズムの中にあるものなのだ。著書の中の散りばめられた、さまざまのいのちの物語の断章は、そんなイメージを導き出させた。是非、書店で手にとって見てほしい。税込819円
(F・Tの会事務局 佐野)
『自然死への道』 (朝日新書 2011.1.13)
医療が介入しないことが自然なのだろうか?老衰だけが自然なのだろうか?いいえ、そんなことではない。米沢慧氏の新刊書を読んで、改めて「自然死」ということについて考えた。著書は、「老いる」「病いる」「明け渡す」という3章に分けられている。この最後に「明け渡す」があるのがポイント。そして、「死ぬのは怖くないよ。だってわしが死んでも家やみんなは生きていくんだし暮らしは続くし、なによりも見送ってくれる人がいるんだから」と、あとがきで紹介された、死を間近にしたお年寄りの言葉にも、「自然死」のヒントがある。自然死とは、時空を超えて繋がる生命のいとなみとしてのものであり、それは、受け継ぎ、見送る「生」とリンクしている。つまり、40億年のあいだ連綿と続くいのちの繋がりのなかの、往って還るリズムの中にあるものなのだ。著書の中の散りばめられた、さまざまのいのちの物語の断章は、そんなイメージを導き出させた。是非、書店で手にとって見てほしい。税込819円
(F・Tの会事務局 佐野)
2010年12月17日
1月のゼミのご案内
ファミリートライアングルの会2011
<<1月のゼミのご案内>>
『自然死への道 ~2011年スタート これからのいのち・家族・ケア ~』
第1部:今月の視点 第2部:今月のテーマ
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2011年 1月9日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。2011年1月に雑誌「選択」に連載されたコラムが朝日新書から『自然死への道』として発刊される。
◆F・Tの会◆ 事務局から
毎年、京都の清水寺で発表される今年の漢字、2010年は「暑」。寒い季節となった今、いつまで続くかと思わされた猛暑も過ぎ去ったもの。「そういえば・・・」と過去の話となっている。数十年経った未来からこの年を振り返った時、暑かった夏に米沢氏が「凍りつくような気持ちでいた」と多くの聴衆に打ち明けたことは、どのように捉えられるのであろうか。高齢者の不明問題、家族承諾の臓器移植、野田聖子議員の体外受精、山中教授のiPS細胞。この4つの出来事を例に挙げて、私たちが近代の歴史の中でつくりあげてきた「いのち」の概念が大きく変わった、ステージが変わった、と彼は多くの機会に訴え続けた。しかし、その大きな変化も、現在の私たちの社会は「そういえば・・・」とさらりと過去のものとしてしまう。「凍り付くような気持ち」はもちろん、未知のステージへの突入したことの、先の見えないことへの不安からくるものもあるのだろうが、その変化に注意も払わず、結果、確かなもの見失ってしまった未来の私たちの姿を予感して、感じたのかもしれない。
米沢氏の「敬老の日に寄せて」(信濃毎日新聞2010.9.14)の締め括りのことば。「老いの最後の課題は、いま・ここ・ある・自身のいのちの姿を丸ごと受け入れること。そのためには介護を受ける喜びを知ることである。」と結ばれている。乱用された「いのち」は、ここへ来て、それに宿る自分自身でさえも、捉えきれなくなってきている。そのなかで、確かなことは「いま・ここ・ある」。そして、それを「丸ごと受け入れ」、そのことを「喜び」に感じる。各々がこの「あることの喜び」を確認することで、「凍り付く気持ち」は少し和らぐのではないだろうか。同じく2010年に、米沢氏がこのことばに辿り着いたことは、確かに希望だと信じたい。
2011年初回のゼミは、新刊書「自然死への道」(朝日新書)のタイトルの名を借りて、いのち、家族、ケアのこれからについての考察。今の時代、これからの時代を考える手がかりになる。
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
<<1月のゼミのご案内>>
『自然死への道 ~2011年スタート これからのいのち・家族・ケア ~』
第1部:今月の視点 第2部:今月のテーマ
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2011年 1月9日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。2011年1月に雑誌「選択」に連載されたコラムが朝日新書から『自然死への道』として発刊される。
◆F・Tの会◆ 事務局から
毎年、京都の清水寺で発表される今年の漢字、2010年は「暑」。寒い季節となった今、いつまで続くかと思わされた猛暑も過ぎ去ったもの。「そういえば・・・」と過去の話となっている。数十年経った未来からこの年を振り返った時、暑かった夏に米沢氏が「凍りつくような気持ちでいた」と多くの聴衆に打ち明けたことは、どのように捉えられるのであろうか。高齢者の不明問題、家族承諾の臓器移植、野田聖子議員の体外受精、山中教授のiPS細胞。この4つの出来事を例に挙げて、私たちが近代の歴史の中でつくりあげてきた「いのち」の概念が大きく変わった、ステージが変わった、と彼は多くの機会に訴え続けた。しかし、その大きな変化も、現在の私たちの社会は「そういえば・・・」とさらりと過去のものとしてしまう。「凍り付くような気持ち」はもちろん、未知のステージへの突入したことの、先の見えないことへの不安からくるものもあるのだろうが、その変化に注意も払わず、結果、確かなもの見失ってしまった未来の私たちの姿を予感して、感じたのかもしれない。
米沢氏の「敬老の日に寄せて」(信濃毎日新聞2010.9.14)の締め括りのことば。「老いの最後の課題は、いま・ここ・ある・自身のいのちの姿を丸ごと受け入れること。そのためには介護を受ける喜びを知ることである。」と結ばれている。乱用された「いのち」は、ここへ来て、それに宿る自分自身でさえも、捉えきれなくなってきている。そのなかで、確かなことは「いま・ここ・ある」。そして、それを「丸ごと受け入れ」、そのことを「喜び」に感じる。各々がこの「あることの喜び」を確認することで、「凍り付く気持ち」は少し和らぐのではないだろうか。同じく2010年に、米沢氏がこのことばに辿り着いたことは、確かに希望だと信じたい。
2011年初回のゼミは、新刊書「自然死への道」(朝日新書)のタイトルの名を借りて、いのち、家族、ケアのこれからについての考察。今の時代、これからの時代を考える手がかりになる。
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
2010年11月18日
12月のゼミのご案内
ファミリートライアングルの会2010 -癒えるということⅣ-
<<12月のゼミのご案内>>
『からだが劈かれるとき~竹内敏晴 生きることのレッスン~』
第1部:今月の視点 第2部:今月のテーマ
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2010年12月5日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。
◆F・Tの会◆ 事務局から
前回のゼミで、抜粋された箇所「コミュニケーションの面から見れば、話しことばは、まずなによりも他者への働きがけである。相手に届かせ、相手を変えること。だから話しことばは単なる感情や意見の表出ではない」(竹内敏晴『ことばが劈かれるとき』「はじめに」)。例えば赤ん坊の泣き声も、ただの空腹や不快感の表出ではなく、それを耐えきれなくなったときの、他者への働きがけのためなのではないか。他者へのアプローチ、そしてそれが受け入れられ、要求を満たされた時の喜び。その関係を繰り返していく中で、他者との繋がりや、自身の存在を確認していく。未熟で産まれる宿命の人間は、そうやってしか生きていけない。そして、米沢流に言えば、例え未熟であっても他者との関係の中で、生きていけるのが人間だということになる。声を失いことばを断たれた竹内が、再び声をとりもどし、ことばを使えるようになったことを「ことばが劈かれる(ひらかれる…つんざく、ひきさく)」と激しい表現をした。他者とのつながりへの渇望の塊から「ことば」が噴出したことは、「生きること」そのものを噴出したと言えるのかもしれない。それはまた、「いのち」を「息(い)の勢(ち)い」だと竹内は言っていたと、ゼミの中でも紹介されたが、まさにこの「勢い」でもあるのだろう。次回のゼミは、竹内敏晴のそのような体験から派生した様々な試みに触れ、米沢氏の眼差しの先に注目したい。(佐野)
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
<<12月のゼミのご案内>>
『からだが劈かれるとき~竹内敏晴 生きることのレッスン~』
第1部:今月の視点 第2部:今月のテーマ
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2010年12月5日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。
◆F・Tの会◆ 事務局から
前回のゼミで、抜粋された箇所「コミュニケーションの面から見れば、話しことばは、まずなによりも他者への働きがけである。相手に届かせ、相手を変えること。だから話しことばは単なる感情や意見の表出ではない」(竹内敏晴『ことばが劈かれるとき』「はじめに」)。例えば赤ん坊の泣き声も、ただの空腹や不快感の表出ではなく、それを耐えきれなくなったときの、他者への働きがけのためなのではないか。他者へのアプローチ、そしてそれが受け入れられ、要求を満たされた時の喜び。その関係を繰り返していく中で、他者との繋がりや、自身の存在を確認していく。未熟で産まれる宿命の人間は、そうやってしか生きていけない。そして、米沢流に言えば、例え未熟であっても他者との関係の中で、生きていけるのが人間だということになる。声を失いことばを断たれた竹内が、再び声をとりもどし、ことばを使えるようになったことを「ことばが劈かれる(ひらかれる…つんざく、ひきさく)」と激しい表現をした。他者とのつながりへの渇望の塊から「ことば」が噴出したことは、「生きること」そのものを噴出したと言えるのかもしれない。それはまた、「いのち」を「息(い)の勢(ち)い」だと竹内は言っていたと、ゼミの中でも紹介されたが、まさにこの「勢い」でもあるのだろう。次回のゼミは、竹内敏晴のそのような体験から派生した様々な試みに触れ、米沢氏の眼差しの先に注目したい。(佐野)
参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
2010年10月21日
11月のゼミのご案内
ファミリートライアングルの会2010
<<11月のゼミのご案内>>
『生きることのレッスン~竹内敏晴のあしあと~』
第1部:今月の視点 第2部:今月のテーマ
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2010年11月3日(水・祝)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。
◆F・Tの会◆ 事務局から
前回のゼミのなかで、芹沢俊介氏の「存在論的ひきこもり」という視点が紹介された。「する・doing」が基準値となる「社会的引きこもり」に対して、その視点は、「ある・being」の意義を強く主張する。そして、存在論的ひきこもりの最終段階では、「ある」自己と「する」自己の結び直しが行われる
次回のゼミでテーマとなる、竹内敏晴(演出家・1925~2009)は、各地で「からだとことばのレッスン」を取り組んできた。その一つ「声とことばのレッスン」について、「現代においてもたらされている声とことばの歪みへの治癒」。また、「生きたことばと人間を取り戻そうとする闘い」としている。「ある」と「する」の結び直しは、このような形でも試みられていたのかと思う。米沢氏が、今、最も多くの刺激を受け、深く考えさせられる人物だと興奮している。人生のキーパーソンがまた一人、増えることが待ち遠しい。参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
<<11月のゼミのご案内>>
『生きることのレッスン~竹内敏晴のあしあと~』
第1部:今月の視点 第2部:今月のテーマ
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2010年11月3日(水・祝)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。
◆F・Tの会◆ 事務局から
前回のゼミのなかで、芹沢俊介氏の「存在論的ひきこもり」という視点が紹介された。「する・doing」が基準値となる「社会的引きこもり」に対して、その視点は、「ある・being」の意義を強く主張する。そして、存在論的ひきこもりの最終段階では、「ある」自己と「する」自己の結び直しが行われる
次回のゼミでテーマとなる、竹内敏晴(演出家・1925~2009)は、各地で「からだとことばのレッスン」を取り組んできた。その一つ「声とことばのレッスン」について、「現代においてもたらされている声とことばの歪みへの治癒」。また、「生きたことばと人間を取り戻そうとする闘い」としている。「ある」と「する」の結び直しは、このような形でも試みられていたのかと思う。米沢氏が、今、最も多くの刺激を受け、深く考えさせられる人物だと興奮している。人生のキーパーソンがまた一人、増えることが待ち遠しい。参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
2010年09月22日
10月のゼミのご案内
ファミリートライアングルの会2010
<<10月のゼミのご案内>>
『引きこもるという力(癒えるということⅢ)』
第1部:今月の視点 第2部:引きこもるという力
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2010年10月10日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。
◆F・Tの会◆ 事務局から
次回のテーマは「引きこもるという力」。すること(doing)以上に、あること(being)の大切さを常に指摘する米沢氏。自らがここにあるということを確認するため、重要なプロセスとして「引きこもる」。その段階の先に自ら「癒える」ことのできる可能性が生まれる。いくつかの事例を見ながら、その「力」を深く探っていく。参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756
<<10月のゼミのご案内>>
『引きこもるという力(癒えるということⅢ)』
第1部:今月の視点 第2部:引きこもるという力
◇場所 小布施オープンハウス しなのぐらし
◇日時 2010年10月10日(日)午後1時30分~5時
◇参加費 2000円
◇講師 米沢 慧氏
<講師紹介>米沢慧(よねざわけい) 1942年島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。大東文化大学環境創造学部非常勤講師。都市論、建築論、家族論から介護論まで。編集者時代に報道写真家、また日本におけるホスピス運動黎明期の第一人者である岡村昭彦に出会い、その運動を支え、没後も彼の遺志を継いで運動をつづけている。現在、各地で医療・福祉関係者対象にゼミ、講演活動を活発に行っている。第33回死の臨床研究会シンポジウムコーディネーター。 著書に『都市の貌』『住むという思想』『新ホスピス宣言』『病 院化社会をいきる』『ホスピスという力』『還りのいのちを支える』『幸せに死ぬということ』など多数。近著に在宅ホスピス医内藤いづみ氏との『往復書簡 いのちのレッスン』(雲母書房)がある。
◆F・Tの会◆ 事務局から
次回のテーマは「引きこもるという力」。すること(doing)以上に、あること(being)の大切さを常に指摘する米沢氏。自らがここにあるということを確認するため、重要なプロセスとして「引きこもる」。その段階の先に自ら「癒える」ことのできる可能性が生まれる。いくつかの事例を見ながら、その「力」を深く探っていく。参加ご希望の方は、会場、場所の変更がある場合がありますので事前にご連絡を。
事務局 (F・Tの会 佐野) 080-5146-7928
(しなのぐらし 小渕) 026-247-4756

